第二次世界大戦以前より、世界各国がジェットエンジンの開発に取り組んでいたが、ドイツのハインケル社は、その中でも一早く世界初のジェット機He 178の初飛行を成功させた。この後ハインケル社はジェット戦闘機He 280を開発、メッサーシュミットMe262に先駆け1941年に初飛行を成功させたが、生産に移される事がなかった。諸説あるが、ハインケル博士のナチ嫌い、あるいはメッサーシュミット博士と空軍の密接さが一番の原因と考えられており、これはメッサーシュミットBf 109と競合と意図し、優秀であったとされながらも冷遇されたHe 100の前例も作っている。そのため、この技術が戦争中に生かされたのは第三帝国の終焉が見え始めた1944年の中盤、メッサーシュミットMe262が実戦化された時であった。Me 262は一撃離脱戦法で、連合軍機に対して4:1の撃墜比を誇った。プロペラ機に対するジェット戦闘機の威力は絶大で、米英の護衛戦闘機は爆撃機に迫りくるMe262に対して成す術はほとんどなかったが、イギリス、アメリカ、ソ連の三国を相手にしなければならないドイツにとっては焼け石に水であった。ジェットエンジンが技術的にも未成熟であったため、機械的な故障も多く生じた。それでも終戦直前までドイツ空軍は恐ろしい速度で、戦後のジェット戦闘機に受け継がれる新技術や分野を開拓していき、これらの技術は冷戦の中で吸収・熟成され、実を結ぶことになる。
ドイツ空軍の前身であるドイツ帝国軍航空隊(Luftstreitkräfte)は1910年、軍用飛行機の出現とともに創立された。その当初の任務は地上の陸軍部隊の支援のために偵察を行うことであった。第一次世界大戦が勃発すると空中戦が行われるようになり、爆撃任務や迎撃任務とその内容を拡げていった。
第一次世界大戦において、ドイツ帝国軍航空部隊は、アルバトロス製やフォッカー製の戦闘機、Aviatik製やDFW製の偵察機、ゴータ製の重爆撃機、ツェッペリン飛行船など、多種多様な航空機を使用した。ドイツ海軍にならってドイツ帝国軍航空隊も、フランスとベルギーにおいて、ツェッペリン飛行船による軍用ないし民間の目標への爆撃を行った。
ドイツ帝国軍およびオーストリア・ハンガリー帝国軍の軍用機は、1918年まで鉄十字の標識を使用したが、その後、バルカン十字(白地に黒のギリシャ十字)の標識を使うようになった。
第一次世界大戦がドイツの敗北に終わったあと、1920年5月20日、空軍はヴェルサイユ条約によって完全に解散させられ、保有する飛行機もすべて破壊された。この解散による中断の結果、1956年に再建された現在のドイツ空軍は、「世界最古の独立した空軍」を称することが出来ない。その称号は1918年4月1日に設立されたイギリス空軍のものである。
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